精子の質に目を向ける
ART時代の新たな治療戦略・精子力改善プロジェクト (2019年秋号)
妊孕性向上は女性のみの問題にあらず
慶應義塾大学名誉教授
福島県立医科大学副学長
新百合ヶ丘総合病院名誉院長
吉村 泰典 先生
わが国では、現在カップルの6組に1組が不妊の検査や治療の経験があるとされ、不妊症と診断されています。その約半数に男性因子が関与しているにもかかわらず、無精子症の症例を除き、男性不妊の治療をすることなく、体外受精や顕微授精などの生殖補助医療が実施されているのが現状です。こうした生殖補助医療に対しては、2004年より国の特定不妊治療支援事業による助成制度が始まり、2016年からは男性不妊に対しても支援が適用されるようになっています。
精液検査によって男性因子がみられないカップルにおいても、体外受精を実施しても受精障害が少なからずみられます。受精後の胚発生には、精子のDNA構造が深く関与しており、DNA断片化により胚発生の停止や妊娠率の低下ならびに流産率の増加につながるとされています。その原因として、精子形成過程のアポトーシスの他、放射線や薬剤、さまざまな環境因子、喫煙や肥満などの生活習慣も危険因子として考えられています。また、精液中の活性酸素も酸化ストレスとなり、精子の細胞膜の流動性消失やDNA断片化を引き起こすとされています。さらに卵子と同様、男性においても加齢により、精液所見の悪化、妊娠率・生児獲得率の低下、生まれてくる子どもの遺伝的疾患の増加などが報告されるようになってきています。そのため、薬物療法や従来から実施されていた手術療法の他にも、顕微授精の際の精子選別法の開発、生活指導や採精指導など、泌尿器科学的な治療の必要性が強調されるようになってきています。
今後生殖補助医療のさらなる成績向上のためには、男性因子の治療に対するエビデンスを確然たるものとすることが大切となります。
プロフィール
【学歴】1975年 慶應義塾大学医学部卒業
【職歴】1983年 米国ペンシルバニア病院 research fellow
1984年 米国ジョンズホプキンス大学 instructor
1995年 慶應義塾大学医学部産婦人科教授
2013年 内閣官房参与(少子化対策・子育て支援担当)
2014年 慶應義塾大学 名誉教授
2015年 福島県立医科大学 副学長(業務担当)
【学会】 2007年 日本産科婦人科学会理事長(2011年まで)
2010年 日本生殖医学会理事長(2014年まで)
2011年 日本産科婦人科内視鏡学会理事長(2015年まで)
【受賞歴】松本賞、日本産科婦人科学会栄誉賞、福澤賞